国立大学法人東海国立大学機構 岐阜大学 応用生物科学部

人獣共通感染症学研究室

Takahashi et al., Viruses 2020

Genetic and phenotypic characterization of a rabies virus strain isolated from a dog in Tokyo, Japan in the 1940s.

(1940年代に東京のイヌより分離された狂犬病ウイルスの遺伝学的解析および表現型の特性)

Takahashi et al., Viruses 12(9):914, 2020

狂犬病ウイルス株には、野外流行株である「街上毒株」と、街上毒株を実験動物や培養細胞で長期連続継代することで作出される「固定毒株」があります。これまでの狂犬病ウイルスに関する知見の多くは、街上毒株に比べて培養細胞でよく増殖し、潜伏期間が短く一定であり、神経侵入性が低く、取扱いが比較的容易な固定毒株を対象とした研究によって得られてきました。しかし、固定毒株の研究だけでは、野外で流行する狂犬病ウイルスの性状を明らかにするには限界があります。

本研究では、1940年代に東京のイヌより分離された狂犬病ウイルスである小松川株に着目しました。小松川株は犬から分離されたのちモルモットやマウスで40回以上継代されてはいるものの、現存する唯一の日本由来街上毒株とされています。さらにN遺伝子に基づく遺伝学的解析から、ロシア沿海地域の動物や人から分離される極東地域特有の系統群「Arctic-Related」に属することまでわかっていました。しかし、全ゲノム配列は不明であり、さらに病原性や増殖性といった生物学的性状も不明のままでした。Arctic-Relatedに属する街上毒株の病原性に関する報告はこれまでになく、その解析を実施することで、これまで明らかとなっていなかった極東地域の狂犬病ウイルスについて知見を深めることができます。そこで本研究では、小松川株の全ゲノム配列の解読と系統学的解析を実施するとともに、動物実験によってその生物学的特徴を調べることを目的としました。

全ゲノム解読および遺伝学的解析の結果、小松川株の全ゲノム配列はロシア沿海地方でタヌキより分離されたRV303株と極めて近縁であることがわかりました。さらに、ウイルス粒子表面に突出し病原性に大きく関わるG蛋白質のアミノ酸配列を解析したところ、街上毒と固定毒株で異なるとされる糖鎖付加部位の数が、他の街上毒と同様に2個であることが示されました(固定毒株は3-4個)。つまり、小松川株のG蛋白質は、動物での連続継代にもかかわらず街上毒型であることから、神経侵入性が高いなどといった、街上毒と類似した性状を示す可能性が考えられました。

小松川株を神経系培養細胞に接種し、培養上清中のウイルス量や、細胞における感染の拡がりを示すCell-to-Cell感染能を評価した結果、小松川株は他の街上毒株と同様に、固定毒株に比べて低い増殖およびCell-to-Cell感染能を示しました。また、小松川株をマウスに接種し、その潜伏期間を評価したところ、他の街上毒株と同様に長く不定な潜伏期間を示しました。さらに、神経侵入性や脳内における感染細胞の分布も、他の街上毒株と類似していました。

以上より、小松川株は街上毒株の性状を保持していることが示されました。今後、本株の遺伝子操作系を確立し、街上毒株の性状を分子レベルで解き明かすとともに治療法のヒントとなる知見を蓄積してゆきたいと考えています。

本研究内容は、高橋龍樹博士(2020年度本学博士課程修了、現・群馬大学医学系研究科 生体防御学講座)の学位の基礎となる学術論文として発表されました。