国立大学法人東海国立大学機構 岐阜大学 応用生物科学部

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【報告】令和4年度岐阜大学応用生物科学部 『武者修行』

応用生物科学部では、研究の質の向上や学際性・国際性の発展を目的とした若手教員(准教授及び助教)を国内外の研究拠点に派遣する、学部独自の派遣事業(応用生物科学部武者修行)を実施しています。

専攻する学問分野の先進手法を習得
田中 貴 准教授(生産環境科学課程)
期 間:令和4年6月6日~7月8日
派遣先:Wageningen大学(オランダ)、ontpellier大学/INRAE(フランス)

 作物栽培学分野において、近年、人工衛星・ドローンを用いたリモートセンシングや土壌センサ、収量コンバインから取得される膨大な時空間データをどのように営農現場における意思決定に活用するのかが課題となっている。ここで、時空間で変動する作物の生育状況や土壌特性を評価するためには、データの性質に応じた適切なモデリング手法を採用する必要があるが、非常に多様な解析手法や検証方法が提案されている。農業分野において、Wageningen University & ResearchのHeuvelink教授は空間統計学の権威であり、数多くの解析手法を開発してきた。そこで、今回の渡航では、Heuvelink教授と、これまで申請者が収集蓄積してきた岐阜県内の複数農家のセンシングデータに関して共同解析を行ってきた。
 Heuvelink教授とのディスカッションを経て、第一に機械学習による作物の収量予測モデルが、そもそも農家の意思決定支援に資するほどロバストな結果を得られるのかを実データをベースにシミュレーション研究を行った。複数の機械学習モデルと説明変数を任意で入れ替え、約1000通りの組み合わせのデータセットを用いて、収量予測モデルを学習させ、経済的最適施肥量が局所的にどれだけ変動するのかを検証した。その結果、機械学習モデルおよび説明変数の選択によって、農家へ推奨すべき肥培管理が大きく変わることを明らかにした。近年、肥培管理の最適化に向けて機械学習モデルを用いた研究が活発になされている。本成果は、機械学習によるシミュレーション結果に基づいて、農家へ安易に指針を出すことに警鐘を鳴らすものである。本研究成果は、年度内に原著論文として投稿する予定である。第二に、土壌水分の時空間変動を推定する深層学習モデルの開発手法についてディスカッションを行うことができた。新たな手法として、CNN-LSTMを実装する予定であるが、Heuvelink教授の同僚であPoggio上級研究員と今後、具体的な解析手法について詰めていく予定である。また、作物モデルの専門家であるde Wit上級研究員から作物モデルのパラメーター推定手法やリモートセンシングとの同化に関する手法について学ぶことができた。これに関しては、トウモロコシやキャベツのデータを用いて解析を行っており、2023年の欧州精密農業学会で、2報の成果発表を予定している。なお、今回のWageningen University & Researchへの渡航ではISRIC(International Soil Reference and Information Centre)およびPlant Scienceの研究チームと合同セミナーを実施し、複数の研究者とコネクションを持つことができた。この機会を活かして、科学研究費やJSTなどの研究費に近い将来、共同申請する予定である。
 開発した技術を実際の生産現場に還元するためには、社会実装に向けたエクステンション手法も重要となる。フランスのINRAEやMontpellier大学を中心とするエクステンションに向けたプロジェクトがあり、Lacoste研究員との共同で、技術普及に向けた生産者と共同で取り組んでいる活動内容に関して情報交換を行った。社会学者によるAction Researchが活発なフランスでは、社会学者が農学研究者と農家との間の関係性の構築に大きな役割を果たしており、学問としてだけでなく、Action Researchをサービスとして手掛けるスタートアップ企業も存在する。そのひとつであるLISODE(https://www.lisode.com/home/)にも訪問したが、そこでは研究成果を農家にアウトリーチするための手法として、ロールプレイングゲームなどを用いた農家参画型の方法論について学ぶことができた。研究者と農家との関係性をどのように構築していくべきかという議題に関して、数日間に渡って深く議論することができた。今後の日本国内での農家ネットワークを通じた研究活動を行っていく上で、非常に有用な情報を入手することができた。また、脱炭素を目指すArk2030(https://ark2030.org)などのプロジェクトが欧米では始動しており、農家圃場における栽培試験データを単純な営農支援だけでなく、環境負荷指標やカーボンクレジットのエビデンスとしても用いることができる社会経済システムが構築されつつあることを認識した。Lacoste研究員がArk2030プロジェクトに深く関わっていくことから、今後も定期的に情報交換を行う予定である。フランスでの滞在期間中においても、公開セミナーを開催し、INRAEの精密農業を専門とする研究者とコネクションを構築することができた。こちらは対象作物がワインぶどうなどの果樹がメインとなるため、共同研究に発展させることは直接的に期待できないが、国際精密農業学会などの学会活動でのコラボレーションが期待される。
 以上より、今回の海外研修では、予想以上の収穫を得ることができた。また、社会学の役割や脱炭素社会に向けた研究開発が加速化する欧州の状況を見て、私自身の研究の方向性を考え直すよい機会となった。前述の通り、共同研究へも大きく発展することが期待されるが、それだけでなく、今回の渡航期間で得られた情報やインスピレーションを受けて、JST創発の研究計画を執筆することができた。
 

Wageningen University & Reseach

キャンパスの様子(Forum)
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受け入れ先の研究室がある建物(RADIX)
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Heuvelink教授とサイクリング
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Wageningen Plant Researchのvav Evert教授らとのディスカッション
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Myrtille研究員、MacNee氏とのMontpellierの自宅にてランチ
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LISODEにてAction Researchの手法について学ぶ
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