国立大学法人東海国立大学機構 岐阜大学 応用生物科学部

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【報告】平成31年度岐阜大学応用生物科学部 『武者修行3』

応用生物科学部では、研究の質の向上や学際性・国際性の発展を目的とした若手教員(准教授及び助教)を国内外の研究拠点に派遣する、学部独自の派遣事業(応用生物科学部武者修行)を実施しています。

食物繊維ペクチンによる下痢原性大腸菌に対する感染予防作用
北口 公司 助教(応用生命科学課程)
期間:令和元年9月2日~令和2年3月20日(193日間)
派遣先:Department of Pathology and Medical Biology, University of Medical Center Groningen, University of Groningen, The Netherlands

 オランダの北部のフローニンゲン州にあるUniversity of Groningen医学部のPaul de Vos教授の主宰する研究室に滞在し,水溶性食物繊維の一種であるペクチンの腸管感染症に対する予防・保護効果に関する共同研究を行った。

<渡航の目的>
 近年,食物繊維が腸内細菌に資化された結果生じる代謝産物がヒトの健康維持に重要な役割を果たすこと(プレバイオティクス作用)が活発に研究されているが,受け入れ先のde Vos教授は,特定の食物繊維が腸管細胞や免疫細胞に直接作用し,その生理機能をプレバイオティクス作用とは独立して調節していることを報告している。我々の研究室でも同様の知見を得ており,食物繊維のペクチンが直接腸管免疫細胞に作用し,大腸炎などの炎症性疾患の症状を緩和できること報告している。今回の共同研究では,ペクチンが直接腸管細胞に作用し,腸管に感染して病原性を示す下痢原性大腸菌からの感染に対しても保護効果を示すのかを調査することを目的として渡航した。

<渡航先について>
 University of Groningenは,オランダで2番目に古い大学(1614年設立)である。多くの留学生・ポスドクを受け入れる欧州でも屈指の研究大学であり,最新の大学ランキングでも上位に位置づけられている(ARWU, 65位; THE, 73位; QS, 128位)。de Vos教授の研究室でもオランダのみならず,ポルトガル,チリ,メキシコ,中国などからも学生を受け入れ,国際色豊かな研究室が運営されていた。渡航してからの約1ヶ月間は,オランダの住民登録や銀行開設,大学本部(写真1)とUniversity Medical Center Groningen(医学部と大学病院,写真2)へのネットワークシステムへの登録や感染実験が可能なBiosafety Level 2の実験室を利用する為の講習の受講などに時間がかかり,実験はほとんど進められなかった。しかしこの間に,動物実験の採材補助や博士論文最終審査会の見学(写真3)などをさせてもらい,研究室の雰囲気に慣れることができた。
 

写真1  大学本部の外観
写真1 大学本部の外観
歴史ある荘厳な建物だった。
写真2  大学病院の外観
写真2 大学病院の外観
通っていた研究室は,こちらの近代的な建物の中にある。

 
写真3  博士論文最終審査会の会場
写真3 博士論文最終審査会の会場
大学本部内の講堂。博士授与学生もアカデミックガウン着用で日本の審査会とは異なる雰囲気だった。
 
<共同研究の内容>
 ヒトの大腸に生息する大腸菌は通常は病原性を示さないが,一部の病原性を有する下痢原性大腸菌(腸管出血性大腸菌(EHEC)や腸管病原性大腸菌(EPEC)など)が汚染された食品の摂取などを介して腸管に感染すると,下痢,腹痛,発熱や嘔吐などの急性胃腸炎を引き起こすことが知られている。EPECは,発展途上国では乳幼児胃腸炎の原因菌であり,先進国でも依然としてEPECやEHECが原因の食中毒が発生している。EHEC/EPECが腸管細胞に接着すると,腸管上皮細胞の微絨毛の破壊,細胞骨格障害や細胞膜の陥没・破壊が生じ,最終的に腸管透過性が亢進することで,重篤な下痢が発症する。これまでにde Vos教授らは,ペクチンが腸管上皮細胞のToll-like receptor 2(TLR2)にペクチンのメチルエステル化度依存的に直接相互作用することやペクチンがホルボールエステル刺激による腸管バリア機能の低下を抑制できることを報告しており,ペクチンがTLR2に作用し,腸管バリア機能を亢進することでEHEC/EPEC感染に対して保護的な効果を示すのではないかとの仮説を立てた。本共同研究では,ヒトEHEC/EPECのマウスモデル(マウス特異的下痢性感染細菌Citrobacter rodentiumとマウス結腸由来CMT93細胞を利用したin vitroの感染実験により検証した。その結果,C. rodentium感染による腸管バリア機能の低下が,ペクチンを事前に投与することで改善し,腸管に感染するC. rodentium菌体数も劇的に減少することが分かった。しかし,ペクチンがメチルエステル化度依存的に腸管細胞に作用していることを示すデータは得られず,当初予想していた機序とは異なるメカニズムでペクチンがC. rodentium感染を抑制している可能性が浮上した。細菌へのペクチンの添加実験やペクチンとC. rodentiumとの相互作用を定量的に測定できる競合ELISA法を構築することで,ペクチンがC. rodentiumに直接作用して,その成長を阻害していることを見出せた。C. rodentiumのどのような分子とペクチンが結合しているのか,また,ペクチンとの結合後,感染保護作用がどのように誘導されるのかなどの疑問は尽きず,更なる調査を進めようとした矢先に,新型コロナウィルス感染がオランダでも問題になり始め,大学が閉鎖されてしまった。最後は新型コロナウィルス感染拡大により当初予定していたよりも早くに帰国を余儀なくされた(写真4)が,今回の共同研究により,腸管への感染症に対して食物繊維が病原体の中和抗体の様に働き,予防効果を示すことを発見でき,非常に有意義な共同研究が行えた。

写真4  帰国時に空港へ向かう電車中の様子
写真4 帰国時に空港へ向かう電車中の様子
新型コロナ感染拡大により,普段はほぼ満席になる車内に乗客の姿は見えず。街もゴーストタウンの様に静まりかえっていた。