国立大学法人東海国立大学機構 岐阜大学 応用生物科学部

人獣共通感染症学研究室

Kojima et al., JGV 2021

Analyses of cell death mechanisms related to amino acid substitution at position 95 in the rabies virus matrix protein

(狂犬病ウイルスM蛋白質95位のアミノ酸が関与する細胞死メカニズムの解析)

Kojima et al., J. Gen. Virol. 102(4): 001594, 2021

狂犬病は激しい神経症状を主徴とします。しかし、ウイルスが脳内で爆発的に増殖しているにも関わらず、狂犬病発症動物の脳組織を病理学的に観察しても、神経細胞の細胞死や、炎症反応はほとんどみられないことが多いとされています。一般的に炎症細胞は、細胞死を起こした細胞が発するシグナルを感知して集合し、ウイルス感染細胞排除を行うとされます。したがって狂犬病ウイルスは、宿主神経細胞の細胞死を回避することで、免疫細胞を活性化させることなく効率よく増殖すると考えられています。しかし、どのようにウイルスが細胞死を回避しているかについてはわかっていません。

狂犬病ウイルス強毒固定株である西ヶ原(Ni)株は培養細胞に細胞死を引き起こさないのに対し、Ni株を鶏胚線維芽細胞で連続継代することで得られた弱毒株Ni-CE株は激しい細胞死を引き起こします(図1)。以前、私たちの研究室では、ウイルスM蛋白質95位のアミノ酸の違いが、両株の細胞死誘導能の違いを決定することを示しました(Mita et al., Virus Res. 2008)。しかし、その分子生物学的メカニズムは不明のままでした。今回私たちは、Ni株、Ni-CE株及びM蛋白質95位のアミノ酸をそれぞれの株のものに置換して作出した遺伝子変異株2種の4株を対象とし、どのような機序で細胞死が誘導されるのかを、分子生物学的手法による解明を試みました。

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細胞死のうちアポトーシスと呼ばれるタイプの細胞死では、細胞膜の内側に分布する脂質の一種であるホスファチジルセリン(PS)が外膜側へ露出することが知られています(図2)。この現象を検証した結果、いずれの株の感染細胞でも共通してPSの外膜露出がみられました。しかし、Ni-CE株と、Ni株のM蛋白質95位のアミノ酸をNi-CE型に置換した変異株であるNi(CEM95)株では細胞膜が激しく破壊されたのに対し、Ni株と、Ni-CE株のM蛋白質95位のアミノ酸をNi型に置換した変異株であるCE(NiM95)株では膜破壊が起きませんでした。

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また、さらなる分子メカニズムについて解析した結果、M蛋白質95位のアミノ酸はアポトーシス発動に必要な酵素であるカスパーゼ3及び7の活性化にも関わることがわかりました。一方、Ni-CE株とNi(CEM95)株はカスパーゼ阻害薬存在下でも細胞死を誘導したことから、カスパーゼ非依存的な「アポトーシス以外の」細胞死も同時に誘導している可能性が示されました。

本研究は、正谷の指導のもと、鹿児島大学共同獣医学研究科の児島一州さんによって行われました。2018年9月には、本研究の内容で日本獣医学会微生物分科会若手奨励賞が児島さんに授与されています。