国立大学法人東海国立大学機構 岐阜大学 応用生物科学部

獣医生理学研究室

研究内容

研究内容

「生命の仕組みを解き明かし、疾病の制御に挑む」

人間や動物の体には、体温や血圧、心拍数、呼吸数、血糖値など様々な要素を一定に保つ仕組みが常に働いています。暑いところでは汗をかき、寒いところでは震えるのは、体温を調節する仕組みが働いている証拠です。このように体内環境が一定に保たれることを「恒常性」といいます。私たちが探究している生理学は、この恒常性の仕組みを解き明かそうとする学問です。「恒常性」が維持されている状態が、いわゆる「健康」な状態です。その裏返しとして、恒常性の仕組みがうまく働いていないと、「健康でない」すなわち「病気」となるのです。そのため、恒常性の仕組みを理解することは、病気の起こるメカニズムを解明し、その制圧につながります。

私たちの研究室では、恒常性を維持する仕組みを解明し、病気を克服するための手がかりを得るために、「消化管にある第2の脳の機能を解明する研究」、「人工冬眠の研究」、「やせの大食いを科学する研究」を行っています。

消化管にある第2の脳を探究する ~ストレスによる下痢や便秘のメカニズムの解明~

胃や小腸、大腸には、「第2の脳(セカンドブレイン)」とも呼ばれるほどたくさんの神経が存在しています。この腸神経系(内在神経系)は、どのような栄養素がどれくらいの量あるのか自らチェックして、消化に必要な酵素を分泌させたり、混ぜ合わせるために胃腸を動かしたりする指令を出してくれます。まさに考えて仕事をしています。この内在神経系がきちんと働かないと、胃腸の動きが激しくなりすぎたり、おとなしくなりすぎたりすることがあります。これが、下痢や便秘の原因のひとつであると考えられます。社会問題となっている「過敏性腸症候群」は、ストレスに起因する下痢や便秘、腹痛を主な症状とした病気です。この病気の仕組みを解明するには、ストレスが胃腸の動きを制御する神経系にどのような影響を与えるのか、解明する必要があります。私たちは「過敏性腸症候群」の制圧を目指して、胃腸の神経の働きを調べています。

脊髄の排便中枢を介する大腸運動の制御機構の解明

消化管運動は、基本的には内在神経系によって調節されているのですが、ストレスがかかったときに下痢をしたり便秘になったりすることを考えると、中枢神経の影響も無視することはできません。中枢神経系の影響を解析しようとすると、摘出標本を使った実験では対応できないので、麻酔下の動物を使ったin vivoの実験系を確立しています。このテーマでは、大腸運動の制御に関与する脊髄の排便中枢の成り立ち(構成する神経)を解明することを目標としています。排便中枢に作用して、大腸運動を高めたり、弱めたりする生理活性物質を見つけ出し、その物質が脊髄に存在しているか(免疫組織化学的実験)、その物質に応答する神経が存在するか(スライス標本を用いた実験)を検証します。他の大学・機関の研究者と共同実験を進めています。それによって、排便中枢へ入力される情報を網羅的に捉え、大腸運動へ反映される神経回路の全体像を知ろうとしています。 また大きな目標として、ストレスに伴う消化管機能障害と排便中枢の機能異常の関連を解明したいと思っています。ストレスによって起こる下痢や便秘を解消することを目指して、実験を進めています。

食道の内在神経系の役割 

体内にある管状・袋状構造物(消化管や血管、膀胱や子宮)は、基本的に平滑筋で構成されています。平滑筋は、細胞同士が連動して収縮することができるので、管や袋の内腔を小さくするために大変都合が良いのです。食道はこの原則から外れ、管状構造物でありながら横紋筋で構成されているという特徴を持っています。胃や小腸、大腸といった平滑筋で構成される腸管の運動が、内在神経系によって制御されるのとは対照的に、食道の運動は外来神経(迷走神経)によって調節されています。このような特徴を持つ食道においても、立派な内在神経が存在しています。この内在神経は、どのような役割を果たしているのでしょうか・・・? この問に答えるために、様々な方法を使って実験を行っています。摘出標本を使って、迷走神経を刺激した場合の食道の収縮を記録し、内在神経を活性化させたり機能抑制したりして、その影響を調べています。 飲み込むための運動(蠕動運動)は、中枢との連絡を維持した状態でないと発生させることができないのですが、麻酔下の動物を用いて人為的に食道の蠕動運動を誘発させる実験系を開発しました。嘔吐する実験動物、スンクスを用いた実験とともに、私たちの研究室の特徴的な方法として、誇れる実験系です。

消化管から分泌される生理活性物質の消化管運動に与える影響

消化管には、内在性神経系とともに内在性内分泌系が良く発達しています。消化管管腔内の状態をモニターして分泌される生理活性物質は多種多様であり、それぞれが適切な調節作用を発揮します。 ひとつひとつの生理活性物質の作用を丁寧に分析し、消化管機能の調節メカニズムの全体像を見出そうとしています。例えば、胃酸分泌を促進するヒスタミンが、ICCと呼ばれるペースメーカー細胞に作用して、リズミカルな運動を誘導することが見出されています。

夢の「人工冬眠」に挑戦する ~冬眠のすごい特徴をヒトや動物の医療に活用~

人間を含めたほとんどのほ乳動物は、「恒温動物」という名の通り、外気温がどのように変化しようとも37℃程度の体温を維持しています。しかし、リスやハムスターなど一部の小型ほ乳類は、冬季の厳しい環境(気温低下や食物不足など)を耐えるために、体温を大幅に下げ、冬眠するという性質をもっています。一見、冬眠は「体温の恒常性」が壊れた病的な状態のように見えますが、冬眠する動物は極度の低体温下でも「健康」です。それどころか、寿命が延びる、放射線を浴びても傷害が起きない、感染症に抵抗力を持つなど、冬眠することにはたくさんのメリットがあるのです。

冬眠のメリットは、人間や動物の医療に役立つ可能性があります。しかし、冬眠しない動物を冬眠させることは、そう簡単ではありません。通常は、体温が25℃くらいになると心臓に異常が起こり、20℃を下回ると心停止すると言われています。私たちは、本来であれば冬眠しない動物を低体温状態にする「人工冬眠」の確立を目指して研究しています。これまでに、冬眠動物であるハムスターからわかったことを応用して、冬眠しない動物(例えば、ラット)を人工的に「冬眠のような低体温」状態にすることに成功しました。将来、脳や心臓の病気、ガンなどの治療に応用されることを期待しています。

「やせの大食い」を解明する ~褐色脂肪の機能を活用し、肥満を予防・治療~

肥満をはじめとした「メタボリックシンドローム」が社会問題となる中、「体重の恒常性」と言われても、イメージが湧きにくいかも知れません。しかし、動物の体には多少の過食があっても太らない仕組みが備わっているのです。ただし、これは「飢餓」の時代を生き延びてきた私たちの祖先が獲得した仕組みですから、現代のような想定外の過食には対応しきれません。これがメタボ急増の背景です。

では、太らないためにはどのようにすれば良いのでしょうか? ひとつは、食欲を抑え込んで、食物を摂りすぎないようにすることです。いわば、入口を制御する方法です。もうひとつは、出口に対する制御です。食べてしまった栄養分を体脂肪として溜め込まないように燃やしてしまえば、たくさん食べても太らない「やせの大食い」が成り立つわけです。栄養素を燃やして熱に変換する専門の臓器が「褐色脂肪」です。私たちは、この褐色脂肪が活性化する仕組みを研究しています。褐色脂肪の活動を高める因子のひとつが交感神経です。交感神経の活動が強まると、褐色脂肪は脂肪を燃焼し、熱をつくります。

これまでにカネボウ化粧品やパナソニックと共同研究を行い、体脂肪を燃やしやすくするドリンクや医療機器の開発につながる成果を挙げています。