国立大学法人東海国立大学機構 岐阜大学 応用生物科学部

バイオマス代謝化学研究室

研究概要 (Research outline)

木質バイオマス(リグノセルロースバイオマス)は、地球上に最も多く存在する有機資源で、空気中の二酸化炭素が光合成によって固定されて作られています。したがって、リグノセルロースバイオマスを石油などの化石資源に代替して活用すれば、温暖化効果を有する二酸化炭素の人為的排出の削減が期待できます。また、リグノセルロースは食物や家畜の飼料にも含まれており、食物繊維として腸内細菌叢のエサとなるプレバイオティクス効果や抗酸化、免疫賦活化作用など、様々な機能性を持っています。当研究室では、リグノセルロースバイオマスを構成する成分や、植物に含まれる微量な生理活性有用成分(植物二次代謝成分;ファイトケミカル)の化学構造、生合成、代謝、機能、利用に関する研究を行っています。得られた知見を活用して、使いやすいリグノセルロースバイオマスや、より高機能・高付加価値なリグノセルロースバイオマス、あるいは機能性食品などを作り出し、社会に役立てることを目標としています。

具体的な研究内容

ヘミセルロースの一種、キシランの化学構造、生合成、改変に関する研究

ヘミセルロースは、セルロース、リグニンとともに主要なリグノセルロースバイオマスの主要成分の一つです。なかでも、キシランは、単糖であるキシロースが多数β-(1,4)結合して出来ているポリマーで、双子葉植物や単子葉植物の主要なヘミセルロース成分の一種です。キシランは、以下の図に示すようにリグニンやセルロースと共有結合や水素結合を介して結合しており、超分子構造をとっています。この点がリグノセルロースバイオマスの利用を妨げている要因の一つであり、この超分子構造を遺伝的に改変することで、それぞれの成分が利用しやすくなると考えられます。

そのためにはキシランの生合成メカニズムについて、深く知る必要があります。これまでの研究では、キシランは、グリコシルトランスフェラーゼファミリー43 (GT43)に属するIRX9およびIRX14というタンパク質と、グリコシルトランスフェラーゼファミリー47(GT47)に属するIRX10というタンパク質が、キシラン合成酵素複合体を形成し、UDP-キシロースという基質から、β-(1,4)結合したキシランポリマーを合成するというモデルが提案されています。また、双子葉植物と裸子植物のキシラン主鎖還元末端には、キシロース、ラムノース、ガラクツロン酸から構成される特殊な構造をしたオリゴ糖が付加(下図)しておりますが、このオリゴ糖の植物にとっての役割は全く分かっていません。そこで、それぞれのタンパク質の役割を明らかにするため、生化学、遺伝子工学、有機合成化学、有機分析化学、バイオインフォマティクスなどの手法を駆使して解析を進めています。

(グルクロノキシランの還元末端:キシロース、ラムノース、ガラクツロン酸、キシロースから成る。黒部分がキシロース主鎖)

さらに、キシランは植物の系統(イネ科、双子葉植物、裸子植物など)によって異なる側鎖糖鎖を有しています。例えば、グルクロン酸、メチルグルクロン酸、アラビノフラノースなどが側鎖糖鎖として結合しており、さらにイネ科植物では、フェルラ酸などの芳香族化合物が結合し、フェルラ酸を介してリグニンにも結合しています。当研究室では、これらの側鎖修飾機構についても解明し、ゲノム編集法を用いて、これらの合成に関わる遺伝子を改変することにより、新規構造や機能を持ったキシランを作り出すことを目標としています。

イネ科植物である麦類ではキシランにアラビノースとフェルラ酸が側鎖に結合したフェルロイルアラビノキシランと呼ばれるキシランの一種が多く存在し、私達が食べる種子にも多く含まれています。コムギの製粉特性に影響しているほか、プレバイオティクスとして腸内細菌のエサとなり、さらに分解して生成したオリゴ糖は免疫賦活化や抗酸化性を示し、オオムギのβ-グルカンに続く第二の機能性多糖として注目されています。私たちは、フェルロイルアラビノキシランの中心構造であるフェルラ酸、アラビノースの転移酵素遺伝子の機能解析を進め、機能性の高い麦類の品種作出やそれをベースとした機能性食品開発に役立てたいと思っています。

リグニン生合成の進化と多様性に関する研究

リグニンは、維管束植物(シダ植物、裸子植物、被子植物)と紅藻の一部から見出されており、水中の藻類から進化して初めて陸上植物となったコケ植物(蘚類、苔類、ツノゴケ類)からは見出されていません。リグニンがなければ、例えば、高さ約80メートル(=約25階建てビルの高さ)にもなるジャイアントセコイア(Sequoiadendron giganteum)のように陸上で巨大化し、何百トンもある大きな体を支えることが出来ないだけでなく、高さ80メートルに広がっている葉に根から吸収した水分を届けることが出来ません。また、リグニンの化学構造は、植物の系統によって異なっており、植物の進化と深く関連しています。それでは、どのように陸上植物でリグニンが出来るようになったのか?また、どのように植物種によってリグニンの構造が違うのか?当研究室では、維管束植物に近い性質を持つコケ植物であるツノゴケ類の一種で、ごく最近、ゲノムの塩基配列が解読されたナガサキツノゴケ(Anthoceros agrestis)、広葉樹のモデル植物であるポプラ、タケを使って解明しようと試みています。

腸内細菌による食物リグナンから哺乳動物リグナンへの代謝機構

リグナンは、フェニルプロパノイド(ベンゼン環と3つの炭素が直鎖状に結合したユニットから構成される化合物)で、様々な植物に含まれるファイトケミカルの一種です。リグナンは、それ自体様々な生理活性を持ち、そのうちポドフィロトキシンと呼ばれるリグナンは、抗がん剤の原料になっています。一方、植物性食品にも含まれ、そのようなものは食物リグナンと呼んでいます。食物リグナンは、ゴマ種子、アマ種子に大変多く含まれ、麦類、ブロッコリー、ベリー類などにも含まれています。ヒトを含む哺乳動物はこれらのリグナン含有食物を摂取すると、腸内細菌によって代謝され、哺乳動物リグナンという特異な化学構造を持つリグナンに変換されます。この哺乳動物リグナンは、ファイトエストロゲンと呼ばれるように、弱い女性ホルモン用作用を示すほか、骨粗鬆症予防効果、乳がんや前立腺がんなどの抗がん活性、心血管疾病予防活性など幅広い生理活性を有しています。
哺乳動物リグナンを変換する腸内細菌はごく限られており、複数の菌種がそれぞれ異なる変換過程を担っています。従って、その生産能力は各人の腸内細菌叢に大きく影響を受けるため、だれもが生産できるわけではなく、そのような腸内細菌を持ち、上述の食物リグナンを含む食品を食べる習慣を持つ人のみが生産できます。私たちは、これまでに、京都大学生存圏研究所との共同研究として、哺乳動物リグナン生成の鍵反応であるデメチル化反応に着目し、この反応を行う腸内細菌のゲノム配列から候補となる酵素遺伝子をクローニングし、組換えタンパク質を使った試験管内でのリグナンの酵素的デメチル化に成功しました。また、現在、別の反応についても遺伝子探索を進めています。将来的には、様々な疾病予防に効果があると期待されるものの、極めて難しくいまだ実現していない食物リグナンからの哺乳動物リグナンサプリメントの製造を夢見て日夜研究をしています。